■連載第2回■ 第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた・後編

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『第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた ・ 後編 ~裁判官の前で立証できた、ここまでくるのに二五五五日!~』(EPUB版)

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マンガ版「覚くんの日記」第2話

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第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた・後編
~裁判官の前で立証できた、ここまでくるのに二五五五日!~

マンション屋上

二百四十五トンもの余分なコンクリートが増し打ちされたマンション屋上

四本目のコア

 裁判官立会の下、南辰最後の砦である四本目のコア抜きが始まった。

この南辰最後のコア採取でも、南辰は前日決めた場所を変更し、コアの太さも変えてきた。

南辰にとっては後がない、最後の望みをかけたコア抜きだった。

「ギュイーーーン」「キューーーーン」と地下ピットに再びコア抜き音が響き渡る。

裁判官もコア抜き作業を食い入るようにじっと見つめていた。
皆が固唾を呑んで注目する中、最後のコア抜きが終了した。皆、押し黙ったままだ。

南辰の四本目のコアの入った円筒形のドリルが保管室に運び込まれた。
「裁判官の目の前で、コアが割れれば、南辰のこれまでの主張がウソだったことが明らかになり、この建物が如何に危険か解ってくれるはずだ」と覚くんは思った。

保管室で、コア抜き作業員がドリルからコアを抜こうとしたが、今度はなかなかコアが抜けない。
その様子を見て、覚くんは一抹の不安を感じた。時間があまりにもかかりすぎる。コア抜き作業員の手元をじっと見つめると、何かが違う。コアの太さも違う。最後のコア、裁判官が見ている前で、南辰は何か策を講じているのではないか。
もし裁判官、専門委員、書記官の前で分離しなかったら、たいへんなことになる。三本目まではすぐにドリルからコアが出ていたが、四本目は今までと違ってなかなかコアが出てこない。見たことのないような器具を使ってドリルを解体した。こんなやり方は今までと全く違う。コア抜き作業員はゆっくり、ゆっくりとコアを取り出しているように見えた。その時間は覚くんにとって途方もなく長く感じられた。覚くんが周りを見渡すと、大覚の社員は不安そうな顔をしていた。一方、南辰側社員は余裕をもった表情をしていた。
何とかして、コア抜き作業員がドリルからコアを抜き取り、床に置いた。

NO4コア保管室1
コア抜き作業員はゆっくりとコアを取り出していた

 四本目のコアはくっついていた。南辰側に安堵の表情が広がった。
裁判官はそのコアに一歩、二歩、三歩近づき、かがみこんでコアを覗き込んだ。
次の瞬間、四本目のコアが真っ二つに分かれて、ゴロッと床を転がった。
「おおっ」
どよめきの声が上がった。
四本目のコアは誰も触れることなく自然に分離したのだ。
保管室は一変した。大覚側は安堵した。南辰側は皆肩を落とし、水島工事部長も呆然(ぼうぜん)としていた。
コアはドリルの中ですでに割れていたのだ。その為にコアをなかなか抜き出すことが出来なかったのではないだろう。

NO4コア保管室2
四本目のコアは誰も触れることなく自然に分離した

 裁判官、専門委員、書記官の目の前でコアが真っ二つに分離し、基礎部のコンクリートが打継部でくっついていないことが疑いようのない事実であることが明らかとなった。

覚くんの回想

 しばらく沈黙が続いた…

 覚くんは一審敗訴直後に遅延損害金をめぐって、スタートしたばかりの控訴審弁護団のリーダー鬼川弁護士と口論になった当時のことを想い出していた。
大覚はこれまでこの裁判に合計三十三億円を使っている。二五五五日の闘いの中で、一日六十万円、ひと月千八百万円、一年間で二億二千万円の遅延損害金が発生している。
覚くんは鬼川弁護士から「毎日増え続ける遅延損害金が莫大な金額になっています。これでは私たちにストレスが溜まり、控訴審を闘うことができません。なんとか南辰に請負残代金十五億円を支払って、遅延損害金を無くしてくれませんか」と頼まれた。
会社幹部からも説得された。
「鬼川弁護士の言う通りです。裁判に勝ったら戻ってくるのですから払ってください」
「それは違う。残代金を支払ったら、それは負けを認めたことになる」と覚くんは厳しい表情で言った。
鬼川弁護士がもう一度、覚くんに言った。
「お願いします。残代金を支払って金利だけでも止めてください」

それから一か月、会社幹部らが幾度となく覚くんを説得しようとしたが、覚くんの気持ちが変わることはなかった。
「残代金を払ったら気が緩む。なんとかこのまま闘ってくれないだろうか」と覚くんは皆を説得しようとした。しかし、弁護士や会社幹部たちは口を揃えて「払ってください」を繰り返すのみだった。

「控訴審が始まったばかりなのに、このままでは、我々は空中分解してしまう」と思い、覚くんはしぶしぶ、弁護士、会社幹部らの意見に従うことにした。すぐに、南辰の弁護士と協議をし、残代金を支払うことが決まった。交渉の結果、十四・六パーセントだった金利が三パーセントに引き下げられ、残代金十五億円を二回に分け、その年の六月に六億円、残りの九億円を翌年四月に支払うことで合意した。
ところが、大覚が最初の支払いの準備をした矢先に南辰から連絡があった。なんと、翌年四月の九億円の支払いを一カ月前倒しにして三月に支払えと言ってきたのだ。従わなければこの話は無効にするとも言われた。理不尽な申し出に腹を立てた覚くんは南辰への残代金の支払い自体やめようとさえ思ったが、幹部社員らに説得され、やむを得ず九億円を三月に支払うことを承認した。
にもかかわらず、それからまた数日後、覚くんたちが弁護士事務所で話し合いをしているときに、南辰から再び支払期日を変更する連絡があった。今度は、六月に六億円、九月に三億円、十二月に三億円、翌年三月に三億円を支払えと言ってきた。南辰からの一方的な変更に従うべきかどうか、覚くんは鬼川弁護士と口論になった。鬼川弁護士は今回もなんとか南辰の言う条件に従ってくださいと覚くんに言った。同席していた他の弁護士、会社幹部らも鬼川弁護士と同じ意見だった。
覚くんは正直な気持ちを鬼川弁護士とその場にいた皆に伝えた。
「一回、二回までは我慢できるが、三回目はもう我慢の限界だ。我社をバカにするにもほどがある。企業であれば資金繰りの問題もある。それを、何を思ってか知らないが、何度も支払期日の変更を言ってくる。お互いの代理人同士が話し合って支払期日を決めたにもかかわらず、何度もその約束を反故にするのは商道徳に反する行為だ。南辰は我社を潰しにかかっている」
鬼川弁護士も会社幹部も、なかなか主張を譲ろうとはしなかった。結論がでないまま議論は堂々巡りで、長時間に及んでいた。
その時、覚くんは迷いが吹っ切れたようにきっぱりと言った。
「瑕疵だらけのマンションを建てた南辰に我社が支払う義務などあるはずがない。私は腹を括(くく)った。さっきまでは南辰に支払うことにしていた十五億円だが、むしろこれを軍資金にして、南辰とは裁判で全面的に闘う覚悟だ。どうかみんな、私についてきてくれ」
覚くんの決意の固さが皆に伝わった。一同は覚くんの意見を受け入れ、残代金の支払いを取り止めることに同意した。
こうして、覚くんたちは、一日六十万円、ひと月千八百万円、一年間で二億二千万円に上る遅延損害金という大きな重荷を背負いながらも南辰と闘っていく決意を新たにした。

そんなことを覚くんが回想していると、保管室の沈黙を破るようにコンクリート専門家の岩崎氏が言った。
「南辰は、レイタンスを知らないんですよ」
その言葉を水島工事部長は苦虫をつぶしたような表情で憮然として聞いていた。

コンクリート内木片
構造体(建物基礎)コンクリート内に埋まっている木片

裁判官による現場巡視

 保管室でのコア検証が終わると、予定に従って裁判官らによる現場巡視が始まった。コンクリートが一体化していない基礎部以外に、南辰がこのマンションに残した負の遺産、すなわち様々な欠陥(瑕疵)箇所を裁判官、専門委員、書記官に見てもらい説明するというものだ。双方の弁護士、担当社員が同行した。数年前の台風により落下した防風スクリーンの無残な残骸、構造体(建物基礎)コンクリート内に埋まっている木片、水没して使えなくなった立体駐車場、二百四十五トンもの余分なコンクリートが増し打ちされたマンション屋上、屋根防水の不備が原因で雨漏りが発生しカビだらけになった十四階室内、通常の施工ではありえない排水管が設置された電気室などを大覚の社員が次々に案内し、その後を双方の弁護士、社員らが従った。

防風スクリーン残骸
数年前の台風により落下した防風スクリーンの無残な残骸

 現場巡視は管理人室にも及んだ。エントランスホールの異臭の原因である汚水槽が管理人室に設置されているのだ。重いマンホールの蓋を持ち上げると排泄物の臭いが室内に漂い、誰もが顔をしかめた。なぜ汚水槽が室内に設置されているのか、あまりにもずさんな工事であるため、施工した南辰でも説明できるものではない。ところが、南辰側から声があがった。水島工事部長だった。
「設計図通りの施工をしただけです」と平然と言ってのけた。水島工事部長はまたウソをついていた。設計図では管理人室に汚水槽はなかったのだ。

汚水槽
管理人室にはエントランスホールの異臭の原因である汚水槽が設置されている

 水島工事部長は大覚の社員が瑕疵について真剣に裁判官に説明している最中でもお構いなく口を挟んできた。建物の瑕疵は大覚によってねつ造されたかのような言いぐさである。覚くんは水島工事部長に向かって言った。
「ここまで来てなんでウソばっかりつくんですか。もうウソはつかんといてください。瑕疵の説明をちゃんと聞いてください」
水島工事部長が黙って覚くんの言うことをきくはずがなかった。
とうとう裁判官も注意した。
「ここは議論する場ではなく、確認する場ですから、大覚さんの説明を聞きましょう」
それにもかかわらず、やっぱり水島工事部長は黙ろうとしない。見るに見かねて、覚くんは水島工事部長のすぐ横に立ち、その言葉を何度も制止した。
裁判官は大覚の社員の説明を聞き、注意深く欠陥(瑕疵)箇所を観察していった。

キノコ
屋根防水の不備が原因で雨漏りが発生した十四階室内はカビだらけになり、キノコのようなものが生えた

 その日予定していた裁判官らによる現地見分がすべて終了した。裁判官を見送った後、南辰側の弁護士、社員らも帰って行った。皆肩をがっくり落として歩いていた。

「長い、長い六年間だったが、なんとかこれで報われる」
そう思う一方で、覚くんはこれで安心していてはいけないと気を引き締めた。南辰が次にどんな手を使ってくるかわからないからだ。今までも平気でウソをついてきた。恐ろしい企てが待っているかも知れない。南辰を相手にして、最後の最後まで気を緩めてはいけないのだ。

南辰は、実験までして、打継部のコンクリートコアは割れないと言い切っていた。何を隠そうこの実験を行っていたのが水島工事部長その人である。さらに、大覚のコア抜きの仕方に問題があり、南辰のコア抜き方法では絶対コアは割れることはない、と裁判で自信を持って言っていた。
今回の現場検証では、南辰は自ら裁判所にコア抜きを提案し、裁判を有利にするつもりだったのが、見事に失敗に終わり、墓穴を掘ってしまったのだ。初めからくっついていないコンクリートをどんな方法で抜き取ったところで、割れずに出てくる道理がない。

今回の現場検証の結果、双方の抜き取ったコアは打継部で百パーセント、見事に分離し、覚くんの主張が裁判官らの目の前で実証されたのだ。

分離した四本のコア
打継部で簡単に分離した南辰側の四本のコンクリートコア

 それから約二か月後、やはり覚くんが懸念していた通り、南辰の主張は一変した。鉄筋がコンクリートの中に入っていれば、コンクリートはくっついていなくても大丈夫だと、わけのわからない主張をしてきたのである。さらに南辰の出資している研究所の工学博士深山も加え反撃してきた。挙句の果てに深山は打継部にレイタンスはないと言い出す始末だった。

 南辰は裁判でいつも平気で論点のすり替えを行っている。実は、これまでの六年間ずっと南辰は裁判所を侮辱しているかのように、ウソを繰り返しているのである。

そんな南辰に対して覚くんは訴えたいことがある。

南辰の社長さん、私の大切な時間、六年間をどのように過ごしてきたか分かりますか?

本当にたいへんな毎日です。あなたも企業のトップなら、わかると思いますが、我社には毎日六十万円もの金利がかかっているんですよ。
それを背負って事業を続けている者の気持ちがわかりますか。事業ですから、多くの問題も出てきます。その問題を抱えて毎日を過ごしている気持ちが、南辰さん、分かりますか。

それもこれも、あなたのところが建てたマンションのせいです。

一日六十万円の金利を背負って毎日を過ごしている者の気持ちが分かりますか? この大変な時代に、トラブルを抱え、この様な金利が毎日かかってくる者の気持ちがわかりますか?
あなた方は毎日、何を考えて過ごしているのですか? 相手の気持ちになって考えてください。

払い戻しに応じたのは大覚

 北海電鉄グループは人の命を預かっている企業グループでしょう。グループのリーダーとして人を育てていかなければいけないでしょ。それだけ大きなグループ企業でしょ。そのことをよく考えて行動しないといけないのではないですか。
瑕疵が発覚した後の住民説明会に一度も来ないし、大覚がどれだけ住民のことで苦しんでいるか分からないでしょ。このマンションはあなた方が建てたのですよ。本来ならあなた方が住民の方々に対して、説明会、契約解除にも対応しなければならなかったのですよ。
住民さんへの払い戻しに応じたのは大覚ですよ。八億円にも上るのですよ。それで払い戻した物件をさらにあなた方は競売にかけたんですよ。そんなひどい話は世の中に通らないと思いますよ。

合意解除
住民への払い戻しに応じたのは大覚だった

 南辰の社長さん、もう一度言いますけど、あなた方が建てた建物ですよ。あなた方が瑕疵だらけのマンションを建てたのですよ。住民の皆さんが怒るのも当たり前ですよ。何回呼んでもあなた方は話し合いに来なかったのですよ。大覚が苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて出した結果が、住民に迷惑をかけてはいけないと思い、払い戻しに応じたのですよ。その物件を差し押さえて競売にかけるなんて、人として企業として社会正義に反すると思います。

 上場している会社がこのようなウソを繰り返すのは問題があると思いますよ。北海電鉄グループの子会社なのですから、親会社が子会社の過ちを指導するのがあたりまえなのではないですか。南辰は裁判でウソばかり言って、裁判所を侮辱しています。親会社が責任を持って指導をしないといけないのではないですか。世の中はそんな甘くはないと思いますよ。世間の皆さんが見ていますよ。

南辰の社員の皆さん、あなた方は世の中を甘く見ていませんか。大手企業だからと言って、そこにあぐらをかいているとしたら、すこし横暴じゃないのですか。
訴訟問題になる前に、南辰さんは言いました。
「お金を払ったら、手直し工事をしてあげます」
そんな無茶苦茶な話がありますか。まずは、手直しをして、全部の補修工事をして、建物を完成させてから請負代金が支払われるのがあたりまえではないですか。

全百八戸のうち五十九戸のみの施主検査

 手直しもなく、完成もしていない建物に対して南辰から一方的に請求書が送られてきた経緯について振り返ってみたい。

 契約では平成二十一年十月三十一日が大津京ステーションプレイスの完成期日であった。本来なら全ての工事、手直し工事も完了した状態で建物を施主大覚に引き渡すことになっていた。
大覚は建物の施主検査を九月中に実施するよう南辰に申し入れていた。検査後に発生するであろう手直し工事の日数を考慮してのことだ。ところが、南辰の都合で施主検査は完成期日のわずか半月前である十月十三日、十四日の両日に行われることになった。それでも覚くんたち大覚側にしてみれば、南辰は大手建設会社なのだから、工事が遅れていても、きちんと施工され、万全な体制で全ての検査が行われるものと信じて疑わなかった。

施主検査は十月十三日と一四日に双方から十五名ずつが立会って実施された。
検査初日の朝、南辰から申し出があった。
「とりあえず、お客さんの決まっている五十九戸を先に検査してください」
「建物全部を見ないといけないのでは?」と覚くんが言うと、
「とりあえずお客さんの決まっている部屋だけにしてください」と念を押された。
覚くんは何故そこだけに南辰が固執するのか疑問を抱いたが、入居が決まっていた住戸を優先することに異を唱える理由もなかったので、仕方なく南辰の申し出に従った。当初はこの二日間で建物全部の検査が行われる予定だったのだが、二日間かけて実施された検査では全百八戸のうち契約済の五十九戸のみであった。残りの四十九戸と共用部を施主である大覚は見せてもらっていない。今思えば、共用部を見に行きましょうと言った際、南辰が何かしら理由をつけて案内しようとしなかったのは意図的であったことがわかる。
二日目の午後になると、南辰は初めから五十九戸だけを大覚に見せて二日間の施主検査を終わらせようとしていたことが明らかになった。覚くんは南辰の勝手な言い分に腹が立ったが、大覚の部長に説得された。
「南辰さんは大手の建設会社なのですから大丈夫でしょう。心配することはないと思います」
覚くんは部長のことばに頷き、それ以上は追及しなかった。

いっこうに手直しに応じない南辰

 覚くんは当時を振り返り、今でも南辰に言いたいことがある。

「南辰が十五人、大覚側が十五人立ちあって施主検査をしたのではないですか。一回目は五百箇所の手直し箇所が見つかりました。双方の責任者が押印し書面でも確認しています。その書類もあるのですよ。
このマンションの現場責任者、金谷所長には「早く直してください」と何回も話をしました。しかし、繰り返し申し入れたのにもかかわらず全く手直しには着手しませんでした」

十月十三日、十四日に実査された検査(第一回施主検査)では五百箇所の手直し箇所が見つかったが、これらの手直し工事が完了したのかどうか大覚は未だに確認できていない。現場責任者の金谷所長に何度も手直しした箇所を確認させてほしいと依頼していたのだが、その度にうやむやにされてしまった。そうこうしているうちに、五十九戸の入居日が決まっていたため、入居者による検査、つまりユーザー検査の予定日(十月二十四日)が近付いてきた。覚くんはユーザー検査の前に、施主検査の手直し確認をするのが当然であり、手直し確認の実施を早くしてくれと南辰に交渉した。しかし南辰からはすぐに返答が来ない。
ユーザー検査の予定日の直前になって、南辰は施主検査での五百箇所の手直し確認とユーザー検査を一緒にしてくれと言ってきた。
関西でも大手の建設会社なのだから、南辰がまさかそんないいかげんなことをするわけがないと思っていたのだが、ユーザー検査はもう目前だ。南辰の言いなりになるしかなかった。
十月二十四日のユーザー検査当日、大覚の担当社員は南辰社員と設計事務所社員から「今日の検査は私たちにまかせてください。お客様を部屋の前まで案内していただければ、後はうちで対応します。大覚さんは結構です」と言いくるめられた。結局大覚は施主検査でみつかった五百箇所の手直し確認をさせてもらえなかった。今から思えばおかしな話だ。

十一月になった。疑問を感じながらも、入居日が迫っていたため入居の決まっていた五十九戸のみ南辰から鍵の引き渡しを受けた。
契約工期(完成日:十月三十一日)はとうに過ぎていたが、施主検査はまだ途中までしか行われていない。残りの四十九戸と共用部について施主検査を早くするよう南辰に求めると、十一月の末(二十六日、二十七日)に施主検査(第二回施主検査)を行うことで合意した。
この検査は双方が十人ずつ立ち会って実施された。手直し箇所は双方確認の上、八百五十箇所みつかった。この検査でも共用部を見せてもらうよう交渉していたが、またも時間切れとなった。話し合いで共用部は後日検査を行うということになり、今回も共用部の検査ははぐらかされてしまった。

今から思えば、南辰は現在瑕疵が噴出しているずさんな工事の結集した共用部を施主である大覚に見せたらたいへんなことになることが分かっていたのだろう。屋上のコンクリート増し打ち、電気室内の排水管、立体駐車場のひび割れ・漏水、雨水貯留槽の不備など意図的にこれらの瑕疵を隠していたのだ。
しかし当時大覚は、第一回、第二回の施主検査で見つかった合計千三百五十の手直し箇所はすぐに直してもらえると信じて疑わず、ましてや現在判っている多くの瑕疵が共用部に埋もれていることなど知る由もなかった。

南辰からは責任を持って手直しに対応すると言われていたが、結局行われていない。現場責任者の金谷所長には、何度も何度も言っていた。
「早く手直し工事に着手してください。共用部も早く検査させてください。まだ検査は終っていないでしょ」
十一月の末のある日、金谷所長から「必ず直しますから、一週間待ってください」と言われた。

建物は未完成なのに突然請求書が届く

 一週間後、南辰から一通の手紙が届いた。十二月になっていた。覚くんが手直し工事の実施方法や、手直し完了後の完成期日のことかと思って封筒を開けると、請求書が一枚入っていた。覚くんはすぐに南辰の営業担当者に送られてきた請求書について確認するよう社員に指示した。
請求書について質問すると、南辰の営業担当者は電話口の向こうで淡々と返答した。
「工事は完成していますから、今月中(年内)に入金してください」
「何度も手直しの要請をしているのに、全く応じてもらっていません。手直しが完了していない状態、つまり建物は未完成ですから、まだ請求書を受領する状況にはありません。受け取ることはできません」と大覚の社員は憤って言い返した。
南辰の営業担当者は意に介せずと言う風に言った。
「年内には支払ってもらえるんですかね?」
「まず手直しを完了してください。その後で支払いの話をしましょう。普通なら、手直しが完了してから、請求書を持ってくるものでしょう?」と大覚社員。
「おっしゃることは分かりますが、上司から請求書を送るように言われているんです」

 マンションは完成していない。手直しも完了していない。共用部も見ていない。それでお金を払えというのはおかしい、と覚くんは思った。

その後、年末までの一か月、手直し工事について何度も南辰に話合いの場を持ちましょうと手紙や電話で呼びかけたが、南辰は取り合おうとしなかった。

「手直ししたら、いつでもお金を払います」と何回も南辰に申し入れていた。

完成もしていないマンションを買い取る?

 その年の十二月中旬、南辰から請求書が届いて一週間が経ったある日、南辰からとんでもない話が舞い込んできた。
「支払いするお金が無いなら、残りの住居を買取りましょうか」と南辰の役員から電話があった。マンションは完成してないし、手直しもしてない。そのマンションを買い取る、未販売の四十九戸を買い取ると言ってきたのだ
「南辰は一体何を考えているのだ?」
覚くんは、すぐに社員に指示して、南辰側の申し出について確認させた。
未販売の四十九戸を販売価格の七〇パーセントに当たる十億円で南辰が買い取り、二億円を大覚が支払う。合計十二億円。それに南辰に最初に支払った前頭金の四億円を加えると南辰への支払額に相当する十六億円となる。そんな話だった。南辰の意図がわからず、その話は断ったが、南辰はその後もその話を何回も持ちかけてきた。
「何を考えているのかわかりませんが、我社はあなた方に買い取ってもらうことなど一切考えていません。話し合いの場を持ち、手直し完了後に代金を支払います。だから早く直してください。お金はちゃんとあります。弁護士を通じて残高証明もお見せしています」
覚くんはきっぱりと断ったが、これはなにか変だ、裏があるのではないかと思った。
その頃、マンションの周りを不動産業者がうろうろしているという報告があった。後に、南辰の関係した不動産業者であることが分かった。もし、この四十九戸を南辰に渡していたら、どうなっていただろう。南辰は恐ろしいことを考えていたのではないだろうか。この大津京の街をどうしようと企んでいたのだろうか。完成もしてないマンションを何故買い取ろうとするのか。手直しも完了していないマンションを…。

 大津京は覚くんが生まれ育った街だ。緑が豊かで本当に住み心地のよい街だ。京都から山科を通ってトンネルを抜けると一面琵琶湖が広がる。こんな素晴らしい街はないと覚くんは思っている。大津京は電車で京都に十分、大阪に四十分、東京にも新幹線で二時間半と、交通の便がよい。大津京ステーションプレイスは、雨の日でも傘をささずに駅まで行ける便利な立地にある。もちろん買い物にも便利だ。

琵琶湖
京都から山科を通ってトンネルを抜けると一面琵琶湖が広がる

 百八戸あるのだから、合計千三百五十箇所の手直しは、一戸当り十箇所程度であり、一般的な数だ。ただし、当時は共用部がこんなにひどい状態だとは思いもよらなかった。これらの瑕疵の存在を南辰は全て知っていたのではないだろうか。だから残りの四十九戸を買い取って、それらが明るみに出る前にうやむやにしておきたかったのだろうか…。

水没立体駐車場
水没して使えなくなった立体駐車場

突然の現場撤退と訴訟提起

 年が明けた一月のある日、南辰の金谷所長が突然言ってきた。
「本社からストップがかかりました」
「なんで手直しに着手せず、放っておくんですか?」
「本社からその話はするなと言われています」
「あなたがここの所長じゃないんですか。あなたが建てたのでしょう。責任を持ってあなたが直してください」
「わかってください。本社から対応しないように言われています」
「我社は御社にこのマンションを完成してもらい、早く売らなければならないのですよ。待っているお客さんがいるのです。早く引き渡さなければならないのです」
金谷所長の煮え切らない態度に腹を立てた覚くんは語気を荒げて言った。
「なんで直さへんのや。あんたらが建てたマンションやろう!」

 この二日後に、南辰は手直し工事を行わないまま、現場を引き揚げた。
そのころ、すでに南辰は大覚に対して訴訟提起していたのだが、訴状が届くまで覚くんはその事実を知らなかった。南辰が現場を放棄してから数日後に訴状が届いた。大覚からの事態解決のための話し合いの呼び掛けに応えることなく、南辰は年明けの平成二十二年一月七日、唐突に請負代金請求の訴訟を提起してきたのだった。

電気室
通常の施工ではありえない排水管が設置された電気室

南辰は何を企んでいるのか?

 南辰は何が目的で次のようなことを仕掛けてきたのか?

・施主検査の日程・進行を意図的に遅らせ、屋上、電気室、地下ピットなどの共用部検査を執拗に拒んだ。
・合計千三百五十箇所の手直し工事を再三の要請にもかかわらず、いっこうに着手せず、突然、現場から撤退し、唐突に提訴してきた。
・手直し工事も完了していない未完成のマンションにもかかわらず、四十九戸を買い取ろうとしてきた。
・一審判決後、金利を止めるための合意をしたのにもかかわらず、その合意を三回も反故にした。

南辰は建物が安全と言って、わけのわからない証拠を裁判所にこれまで二百五十以上出している。工事経緯について我社が設計事務所に問いただした矢先、裁判途中で設計事務所の社長が急死した。その直後の裁判で南辰側はほくそ笑んでいた。南辰は設計事務所の社長が亡くなったのをいいことに、好き勝手なことを言っている。裁判所でウソばかり言い続けている。裁判所を愚弄しているかのようだ。あんなでたらめな工事をして瑕疵だらけのマンションを建てておいて、裁判で二百五十以上ものでたらめなことを言っている。

何を企んでいるのですか? 瑕疵問題とともに我社をどうしようとしているのですか?

南辰が何を企んでいるのか、何を仕掛けようとしているのか、一日六十万円の金利とともに、覚くんの不安は毎日募る一方だ…
とてつもなく恐ろしいことを考えているのでは…。
南辰の目的、真の企みは何か?
南辰にとって不都合な真実を闇に葬ろうとしている。
それについては、次の章で明らかになります。

(『第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた』終わり)


この続き(第二章・前編)は次をクリックしてください

■連載第3回:『第二章 南辰と裁判に潜む魔物たち ・ 前編 ~南辰の悪意に満ちた四つの企み~』

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コメント

  1. 匿名 より:

    読み進める程、震えが止まらなくなります。
    地獄へ堕ちろ南海辰村 頑張ってください 応援しています

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