■連載第1回■ 第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた・前編 

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『第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた ・ 前編 ~自ら墓穴を掘った南辰建設~』(EPUB版)

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マンガ版「覚くんの日記」第1話

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まえがき

 一見普通のマンションに見える大津京ステーションプレイス。大覚が施主である分譲マンションだ。しかし、その実態はというと、基礎はバラバラで地下駐車場が水没して使えない。屋根には重石(おもし)のように余分なコンクリートが載っている。台風で防風スクリーンが落下して周辺住民に大きな被害と不安をもたらした。このマンションだけで欠陥・手抜き工事の総合カタログが出来てしまいそうな有り様である。

 遡(さかのぼ)ること平成二十二年一月七日、建物が完成したから工事残代金を支払えと南辰は大覚に対し請負代金請求訴訟を唐突に提起してきた。
二か月前の施主(せしゅ)検査(けんさ)において大覚は何度も手直しの話し合いを要求し、南辰からの返答を待っていたのに……あまりにも突然のことであった。
南辰の訴訟提起により、覚くんは不本意ながら裁判を受けて立たざるを得なくなった。
「対応しますと言っておきながら、一度も手直しに来なかった。一度も話し合いの呼びかけに応じることなく、突然に我社を訴えるなんて、なんて卑劣で卑怯なやり方だ。決して南辰を許すわけにはいかない」と、覚くんは怒りが込み上げてきた。
覚くんは、マンション住民のため、そして社員やグループ会社のために、裁判を繰り広げることになる。
しかし、長引く建築裁判において、南辰のたび重なる調査妨害や嘘に翻弄(ほんろう)され、自分の大切な時間を奪われ、覚くんは三回も倒れた。「このまま死んでしまうのだろうか…」と涙を流すこともあった。
医師からは「会社と命とどっちが大切なんですか? 手術を受けてください」と言われ続けたが、覚くんは手術をせずに、持ち前の精神力で辛いリハビリに専念し復帰した。

建築裁判は訳の分からないことが多い。
欠陥マンションを建てた南辰は謀略(ぼうりゃく)とウソ、ウソ、ウソのオンパレード。住民とともに被害者である我社は南辰のこうした言動に幾度も振り回されてきた。訴訟提起からすでに二五五五日、これまでに裁判に要した費用は調査費などを含めて三十三億円にも及んでいる。こうしている間にも一日六十万円の金利が重く肩にのしかかっている。

この裁判は初めから意図的に南辰から仕掛けられた裁判だ。
南辰は我社とグループ会社を倒産に追い込もうとしていたのだ。と同時に欠陥問題を闇に葬(ほうむ)ろうとしていたのだ。

最初は、住民のため、会社のために闘っていた覚くんだったが、やがて同じように欠陥住宅問題で苦しんでいる多くの人たちのためにも、この裁判を闘い抜こうと決意したのだった。


第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた・前編
~自ら墓穴を掘った南辰建設~

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その時、覚くんは一筋のひび割れがあることに気付いた。(「一本目のコア」より)

平成二七年九月一五日

 その日の大津京ステーションプレイスと大覚本社は異様な雰囲気に包まれていた。
覚(さとる)くんは社員二十五名を本社ビルの会議室に集めて話し始めた。
「本日の午後一時に、やっと裁判官が欠陥マンションを見に来てくれます。六年間、長い、長い裁判でした。私は南辰のせいで私自身の大切な時間、六年間を無駄なものにしました。私の人生の大切な、大切な時間を辛い気持ちで過ごさなければなりませんでした。私は人生の集大成ともいうべき時を奪われてしまったのです。人の人生を滅茶苦茶にする権利は誰にも無いと思います。
よく考えてみてください。遅延(ちえん)損害(そんがい)金(きん)が一日六十万円、ひと月千八百万円、一年間で二億二千万円も発生しています。こうしている間に今日も六十万円かかっているんです。今日は、一分の隙もないように、心をひとつにして私たちの主張をしっかり立証しましょう。社運だけでなく、全社員の人生がかかっているんですから…。十名は本社に待機して、不測の事態に備えるとともに、本日の現場検証結果の分析などにあたってください。残りの十五名は大津京ステーションプレイスの現場で当方の現場検証ならびに南辰の現場検証を監視してください。長い、長い六年間、待ちわびていた日がやっと訪れたのです。これは大きなチャンスです。裁判官の目の前で私たちが正しいということを証明しましょう。今日一日で六年間の成果を出さなければならないのです」

 午前九時、我々が現場に着くと同時に、藤野弁護士を先頭に笑みを浮かべて南辰の陣営が総勢十五名でやってきた。彼らには何か余裕があり、笑顔が見えているように感じられた。そして、自信に満ち溢れた様子だった。

我社の方は、緊張感、悲壮感、そして肩にのしかかった一日六十万円、ひと月千八百万円、一年間で二億二千万円にも達する遅延損害金。もし我社が裁判に負けたら、南辰の請求額十五億円に遅延損害金を加えた総額二十七億円もの大金を南辰に支払わなければならないのだ。すべてがこの一戦にかかっている。我社がこの一戦に負ければ取り返しのつかないことになる。会社の行末そのものが不透明になりかねない。そうなれば、社員一同が路頭に迷うことになる。我社のグループ企業や取引先企業もこの一戦を見守っている。そして、何よりも同じような欠陥問題で苦しんでいる人たちが見守ってくれている。

「この六年間は本当に長い、長い六年間だった。事業にも、裁判にも、そして様々な圧力やトラブルにもめげずに、よくここまで六年間戦ってきたと思う。本当に自分自身も、社員の皆もよく頑張ってきた」と、覚くんは皆に心から感謝したいと思った。

「六年間よく戦ってきた。この六年間、様々なことを学ばされた。南辰はウソ、ウソ、ウソの連続、彼らに振り回され続けて毎日、毎日が戦いだった。
事業に、裁判に、圧力に、トラブルに…。
朝起きたと思えば、あっという間に夜が訪れた。長い、長い六年間だったが、やっとここまでたどり着いたのだ」

期待と共に、目に見えないプレッシャーがそれぞれの肩にのしかかり、その場にいた誰もが息を呑む中、いよいよ現場検証が始まろうとしているのだ。

裁判が始まって六年が経った。大覚が施主である大津京ステーションプレイスという分譲マンションを南辰に建ててもらったのが、すべての事の始まりである。一見普通のマンションに見えるが、その実態は欠陥・手抜き工事が数多く見つかり、構造上重大な問題がある欠陥マンションであった。そこで覚くんは一審と控訴審合わせて既に六年もの間、損害賠償を求めて戦っている。

犯罪的とも言うべき行為を行った南辰に対する覚くんの思いはこうだ。
「大津京ステーションプレイスの欠陥・手抜き工事問題が、まさかこんな大きな問題になるとは思いもよりませんでした。こんな問題になるまで、私は南辰については何も知りませんでした。南辰はこのマンションの工事で多くの嘘、詐欺行為、虚偽の建築確認、勝手なスペックダウン、現場監督の横領、図面のすり替えを行っていますが、上場企業がこんな不正をするなんて考えられません。何を企んでいるのでしょうか。世の中に存在するありとあらゆるごまかしを研究し、手段を駆使して私たちを騙(だま)そうとしているかのようです。我社に対して何を企て、何を目論(もくろ)み、何を得ようとしているのでしょうか。我社を陥(おとしい)れ、倒産に追い込もうとしているのでしょうか。いったい 何が目的なのでしょうか?

上場企業がこんな恐ろしいことをするとは考えられません。
我社が南辰に何をしたというのでしょうか?」

主張の対立(くっついていない、くっついている)

 このマンションの重大な瑕疵(かし)(欠陥)の一つは、本来なら一体化していなければならない基礎コンクリートの打(うち)継(つ)ぎ面でくっついていなかったことだ。

(※マンションのような大きな建物の場合、型枠にコンクリートを流し込む作業を一日で行うことは出来ない。コンクリートの流し込み作業は何日かに分けて行わなければならない。そのため、「打継ぎ」が発生するのである。打継ぎ面を適切に処理することによってコンクリートが一体化する(くっつく)のである。)

私たちは何回も主張してきた。
「基礎コンクリートがくっついていない」
ところが南辰は「くっついている」
「くっついていない」
「くっついている」
そのようなやり取りが二年間も続いた。
「大覚はお金がないから、そんなことを言っている。私たちは実験もしている。大覚が言っていることはでたらめだ」
南辰が実験しているのなら、大覚も実験をすればよい。
運よく東北にある我社のグループ企業の生コンクリートプラントで、コンクリートの実験をすることができた。
その結果、コンクリートの打継ぎ面を適正に処理しなければ絶対にくっつかないということが立証できたのだ。南辰は、上場企業でもあり、関西を代表する北海電鉄のグループ企業だ。たまたま、生コンクリートのプラントを持っていたから、このような実験ができたのだ。北海電鉄グループを相手にして、他にどこの企業が我社に協力してくれるというのだ。
「あの会社はアホウ違うか。よくあの北海電鉄グループを相手に戦っていられるものだ。潰されるのがオチだ。あの会社は北海電鉄に潰される」
この事件を知るほとんどの人々がそう思っていたし、実際そう言っていた人もいた。

覚くんは南辰に対して言いたいことがある。
「建てたのは南辰じゃないですか。建てた会社が直すのがあたりまえでしょう。南辰さんの方から仕事をさせてくれと言ってきたのですよ。私は、あなたたち南辰がこのマンションの工事を請負(うけお)わせてくれと言ってきたときに何度も断っていたでしょ。仕事がないからと何度も何度も頼みに来たのはあなた方でしょ。違うんですか…。
それなのに、なぜこんな恐ろしいことをしたのですか。図面と違うものを建てて、三億円近い金を抜いているじゃないですか。おかしなことを言わないでください。
あなた方はありとあらゆる嫌がらせをしてきました。
調査会社に圧力をかけて嫌がらせをし、調査を妨害しました。また、我社の関連する工事現場で材料が入ってこないこともありました。実験が出来たのは、たまたま我社が生コンクリートのプラントを持っていたということが功を奏しただけのことだと思います」

覚くんは自ら先頭に立ち、現場検証も行い、専門家も雇い、調査をしてもらった結果、建物の基礎コンクリートがくっついていない事が発覚し、構造耐力的に危険な状態であると裁判で主張してきた。しかし、南辰は、「大覚の調べ方では、信用できない。我々の実験ではコンクリートはくっついていた。我々が現場を調査すれば、コンクリートはくっついている」と自信満々に裁判官の前で言い切っていた。
双方の主張が正反対で収拾(しゅうしゅう)がつかないので、裁判官が提案した。
「そこまで、南辰さんが言うのであれば、南辰さんの言う方法や調査箇所で現場検証することにしましょう。裁判所も立ち会います」

そして、この日を迎えたのだった…。

一本目のコア

 薄暗い立体駐車場の地下ピットがライトに照らされて、現場検証の準備が始まった。

 今回の現場検証の方法は、基礎コンクリートの打継ぎ部分を円筒状(えんとうじょう)に繰りぬき、その繰りぬいた円筒形のコンクリート(これをコンクリートコアまたはコアと呼ぶ)がくっついているか、くっついていないかを調べるというものだ。
もし、コンクリートコアが真っ二つに分離すれば、基礎コンクリートは打継ぎ面でくっついていないということになる。

南辰は、新品の最新式コア抜きマシンを持ち込んでいる。
南辰側のコア抜き作業員は、極度に緊張していた。
それもそのはずだ。大覚と南辰のそれぞれが、ビデオとカメラでコア抜き作業の状況を撮影し、目を光らせているという異常な雰囲気の中で、作業をしなければいけないからだ。

こうしたなかで、最初のコア抜きが始まった。

「ギュイーーーン」「キューーーーン」と地下ピットにコア抜き音が響き渡る。

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最新式コア抜きマシンを使って南辰側一本目のコア抜きが始まった。

 南辰のコア抜き作業員が「コア抜きが完了しました」と告げた。
まず、コアの入った円筒形のドリルが基礎コンクリート部から抜き出された。そして、大覚と南辰が見守る中、コア抜き作業員はドリルからコアを取り出して、南辰の水島工事部長に手渡した。

 すると、大きな声が地下ピットに響き渡った。
「割れて出てきてません。割れてません。割れてませんやん」と繰り返し大声で叫ぶ水島工事部長だったが、その表情はこわばっていた。そのコアを持つ手に妙に力が入っているのを覚くんは見抜いた。
そもそもコンクリートコアに外部から衝撃を与えても割れないということが南辰の主張であり、コア抜きマシンから抜き取った時点で、割れていないことは当然の前提であった。にも関わらず、自信満々に「割れてません」と叫ぶ水島部長の主張に覚くんは違和感を覚えた。

しかし、「割れて出てきてません。割れてません。くっついてますやん」と繰り返し大声で叫ぶ水島工事部長だった。
その時、覚くんは工事部長の持っているコアを、暗闇の中しっかりと目を開いて見ると、一筋のひび割れがあることに気付いた。
「そのコアをよく見せてください」と覚くん。
そのことばを無視して、工事部長はまた繰り返した。
「割れてません。くっついてますやん」
「待て!!筋が入っているじゃないか!!」
覚くんは思わず大きな声を出した。

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「待て!!筋が入っているじゃないか!!」覚くんは思わず大きな声を出した。

「大きな声を出さないでください」と、水島工事部長は覚くんを無視した。そして、さらに力を込めコアを握り直し、平然を装って「割れてません。くっついてますやん」を繰り返しながら、コアを背後に隠そうとした。しかし、工事部長の背後には大覚側の鬼(おに)川(かわ)弁護士が立っていたのだ。
鬼川弁護士はコアを指さして淡々と言った。
「くっついてないじゃないですか!」
すると、工事部長は観念したのか、ふてくされたようなしぶしぶ顔で、コアを握っていた手を緩めた。
「パカッ」とコアが真っ二つに分離した。
怒りを抑えきれず、覚くんが叫んだ。
「やっぱり、くっついてないやないか。なんで隠すんや!!なんで嘘をつくんや!!」

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水島工事部長が手を緩めるとコアは真っ二つに分離した。

「大きな声を出さないでください」
工事部長は開き直って言った。
覚くんも黙っていなかった。
「何を言っているんですか。なんですぐに見せてくれないのですか。もう嘘はつかないでください!!」
「ここは議論する場ではありません」
今度は南辰側の藤野弁護士が、バツの悪さをごまかすかのように言い放った。

(議論を始めたのは南辰の方なのに、勝手なことばかり言っている。南辰は本当に…嘘つきだ)と、覚くんは怒りに全身が打ち震える思いだったが、大覚の協力者でコンクリートの権威(けんい)である岩崎氏から「覚くん、大丈夫。コンクリートがくっついてないことは、明白な事実だから」と言われ、落ち着きを取り戻した。

そもそも、コンクリートコアは、外部から大きな衝撃を与えるまでもなく、コア抜きドリルから抜いたときにすでに分離しており、南辰の「コンクリートは一体化している」という主張は脆(もろ)くも崩れ去ったのだった。

そして、真っ二つに分離したコアが保管室に運ばれた。

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真っ二つに分離したコアが保管室に運ばれた。

二本目のコア

 南辰側は二本目のコア抜きを始める。

 一本目が真っ二つに分離したので、水島工事部長は表情が硬かった。
「今度はしくじるわけにはいかない」とでも思っているのだろう。

南辰は二本目のコアを一本目よりゆっくり時間をかけて丁寧に抜いていた。抜き終わったあと、すぐにその場でコアを取り出さなかった。コア抜き作業員はコアを円筒形のドリルごと抱きかかえて保管室に運び込んだ。

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コア抜き作業員はドリルごと抱きかかえてコアを保管室に運んだ。

 保管室では総勢三十名が見守る中、コア抜き作業員が慎重にドリルからコアを取出し、そのコアをそっと床に置いた。

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コア抜き作業員はコアをそっと床に置いた。

 コアの置き方が明らかに不自然であった。
よく見るとコンクリートの打継ぎ面が床と平行になるように置かれていた。つまり、打継ぎ面がどちらかに傾くとコアがずれて真っ二つになる恐れがあったので、それを防ぐためにコア抜き作業員が気を利かせたのだった。

 覚くんがコアをじっと見ると、また一筋のひび割れの線があることに気付いた。よく見ようと人差し指でそのひび割れの線を上に向けようとした瞬間、一本目と同様、コアは真っ二つに分離した。

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人差し指でひび割れを上に向けようとした途端コアが分離した。

 大覚側十五名、南辰側十五名、総勢三十名が一瞬ざわめき立った。南辰の社員は下を向いて、バツの悪そうな顔をしていた。
二本目も真っ二つに分離してしまったので、南辰側の全員が落胆しているのは明らかであった。
その時、水島工事部長が、またわけのわからないことを大きな声で言い出した。
「この分離した打継ぎ面を見ると、大覚さんがコンクリートがくっついていない原因と主張しているレイタンスはありません」
(※レイタンスとは、コンクリート打設後にセメントの灰汁(あく)がコンクリート表面に堆積(たいせき)して固まった不純物の層)

「この人は本当に工事部長だろうか」と、覚くんは不思議そうに水島工事部長の顔を見た。工事部長は話をすり替える為に、何か言わなければいけないと思ったのだろうか。
すかさずコンクリートの権威である岩崎氏が確信するように言った。
「南辰はコンクリートの基礎知識がないんです!!レイタンスはちゃんとありますよ」
南辰側はその発言を聞いて何も反論できなかった。

すぐさま三本目に取り掛かると誰もが思っていたその時、藤野弁護士から大覚側の鬼川弁護士に申し出があった。
「休憩を挟(はさ)みたいので、次のコア採取の開始時間を延ばしてほしい」
採取したコアが二本とも分離していたので、南辰にはもう後がない。
藤野弁護士や水島工事部長はこの流れを何とかしなければならないと思っているに違いない。
南辰側に焦(あせ)りの色が見えた。

「時間も押しているのに、作戦会議か?」と覚くんは思った。
案の定、南辰の社員は休憩しておらず、一か所に集まって協議をしていた。
覚くんが社員に様子を見に行かせると、
「なにやら作戦を練っているみたいです」と、報告が返ってきた。

覚くんがふと後ろを見ると、南辰の下請けをしていた金山組のトラックがあった。金山組は、今回のマンション工事に関していろいろ噂(うわさ)のある会社だった。
偶然にも、金山組の社員と話をすることができた。
「金山組は何人くらい社員がいるんですか? 鉄筋も型枠(かたわく)大工(だいく)も、ほとんどここの工事は金山組がやったんですか?」
「いや、うちはそんなに社員は多くいません。だいたい十五人くらいですよ。ここの工事は南辰さんとうちの社長、幹部が相談してやっていたようです。私たちは、ここの工事には携わっていません。ここの工事のことはわかりません」
「ではあなた方は今日ここに何をしに来たの?」
「ここに待機して、南辰さんの指示に従うように言われています。だから指示待ちなんです」

三本目のコア

 南辰は三本目のコア抜きを開始した。
三本目のコア採取前に、南辰はそれまでの倍の人員を配置し、最新機械を使ってコンクリート内部の状態を調べていた。そして、いつの間にか三本目のコア採取位置が当初予定されていた場所から変更されていた。
覚くんは一抹(いちまつ)の不安を感じた。南辰は図面を見て分離しないところを懸命に探している。偶然でも打継ぎ面で分離しないところが出てきたらどうしよう…。
抜いたコアが分離しなかったら裁判官はどう思うだろう? 覚くんは不安を感じながらも、一本目、二本目の結果を思い出して、自らを安心させようとした。(位置を変えるということは南辰も必死なのだろう。変えたところで、結果が変わるわけでもないのに、悪あがきでもしようというのか)

 コアを抜きとる箇所を挟んで前後左右にスタッフを配置し、南辰の三本目のコア抜きがスタートした。
「ギュイーーーン」「キューーーーン」と地下ピットに再びコア抜き音が響き渡った。

コア抜ドリル
地下ピットに再びコア抜き音が響き渡った。

 一本目、二本目以上にコアに振動を与えないように細心の注意を払ってコア抜きを行っている。いままでの倍の時間をかけている。コア抜き作業員にかなりのプレッシャーがかかっているのが分かった。
三本目のコア抜きが終わると、二本目同様、コア抜き作業員は大事そうに円筒形のドリルを抱きかかえて保管室へ向かった。そのあとを双方三十名以上がぞろぞろと行列となって保管室へと移動した。

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 コア抜き作業員を先頭に三十名以上がぞろぞろと保管室へ移動した。

 保管室に着くと、コア抜き作業員は二本目以上に時間をかけて慎重にドリルから三本目のコアを取出し、二本目と同様、コアが真っ二つにならないように、打継ぎ面が床と平行になるようにそっと置いた。

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コア抜き作業員は慎重にドリルから三本目のコアを取出した。

 その場に居た全員の視線が、床の上のコアに集まった。すぐそばでしゃがみこみ、じっとコアを見ていた鬼川弁護士が、人差し指でコアに軽く触れた。

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鬼川弁護士が人差し指でコアに軽く触れた。

 すると、二本目同様、三本目のコアも見事に分離した。
南辰側からため息が漏れた。

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三本目のコアは一本目、二本目より径が太くなっていた。

 三本目のコアをよく見ると、一本目、二本目ではコアの径が八十ミリだったのが、今度は九十五ミリと太い径でコアを抜いていたのがわかった。

南辰側は先ほどの休憩時間を使って、三本目のコアが簡単に二つに分離しないようにとコアの径を太くする作戦を立てていたのだ。
しかし、南辰の思惑(おもわく)は見事に裏切られた。

覚くんは思った。南辰はここでもルール違反をしている。普通ならコア抜き箇所やコアの径を変更するなら、事前に弁護士を通して我々の承認を得てから変更すべきだ。南辰は裁判でも、恥も外聞もなく、自分らの都合のいいように勝手にルールを変えてしまう。ルールも何もないのが南辰だ。

南辰側は皆、意気消沈(いきしょうちん)していた。水島工事部長が悪あがきに何か言うのではないかと思っていたところ、当の水島工事部長はすぐさま片隅で電話をし、誰かから指示を仰(あお)いでいる様子だった。他のほとんどの社員も、どこかに電話をかけていた。

何か異様な雰囲気だった。南辰は明らかに焦っている…。

裁判官到着

 午後一時、裁判官、専門委員、書記官が現場に到着した。

 午前中は南辰側の三本のコア抜きに大覚側が立会い、午後一時から裁判官らも加わって南辰側の最後のコア抜きに立会うというスケジュールであった。

まず、保管室で、鬼川弁護士が裁判官らに午前中のコア採取についての説明をする。
鬼川弁護士はいつになく厳しい表情だったが、その声は落ち着いていた。
「南辰側が三本、大覚側が七本、コア採取しましたが、すべてのコアが分離して、大覚が主張するようにコンクリートがくっついていなっかたことが証明されました」
裁判官はじめ、専門委員も書記官も分離したコアをじっと見て頷(うなず)いていた。

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午前中のコア採取について裁判官に説明をする鬼川弁護士

 いよいよ南辰最後の砦である四本目のコア抜きが始まろうとしている。

「裁判官の前で、万が一分離しなかったらどうしよう……。そうなれば、六年間の苦労が水の泡となる……」
苦しかった時のことが頭に浮かんできた。
長い、長い六年間、裁判に追われ、大切な時間を無くし、辛い日々を過ごした。その間、三回も倒れて病院に運ばれた。死んでしまうのだろうか…。もうこれで終わりなのか…。このまま起き上がれなかったら、裁判はどうなるのだろう? 会社はどうなるのだろう? 自分の人生はこれで終わってしまうのか…。そう思うと涙が出てきた。ベッドの上では、やり場のない気持ちをどうすることも出来なかった…。
そして今日、ようやく裁判官立会いによる現場検証の日を迎えたのだ。辛かった思い出が重なり、覚くんの目から涙がこぼれ落ちる。

覚くんは涙を拭いて我に返った。
「南辰は、私が一日六十万円、ひと月で千八百万円、一年で二億二千万円にも達する遅延損害金を背負って今まで戦ってきた気持ちなど何も分かっていない。だから、あんな嘘ばかり言えるのだ。
私は、正義がこの世に存在するならば、負けることはないという思いで戦っている。我社だけでなく、同じような欠陥問題で苦しんでいる人たちのためにも、社会のためにもこの戦いは負けるわけにはいかない。多くの人たちがこの欠陥マンションの行く末を見守ってくれているのだから、必ず正義が勝つと心から信じている」

裁判官らも用意されたヘルメットを被り、長靴に履きかえて地下ピットに降りる準備を始めた。いよいよ裁判官が立会い、南辰の最後のコア抜きが始まろうとしていた。大覚、南辰、裁判官ら総勢十八人がパレットに乗り込んだ。

パレットが地下ピットに降りると、当初予定されていた場所を変更して四本目のコア抜きをすることが分かった。
その時、覚くんは「またか」と思った。南辰はいつも平気でルール違反をしてくる。前の日に、大覚側は建物全体を調査するため十箇所、南辰側は分離するはずがないと四箇所のコア抜き箇所を事前に決めていたのだ。それにもかかわらず、またもや変更してきたのである。南辰側は最初から自信満々で横柄(おうへい)な態度だった。約束を反故にするのはいつもの南辰のやり方だ。南辰の行為は横暴極まりない。
一抹の不安が覚くんの脳裏(のうり)をよぎった。
(裁判官の前で、もし分離しなかったらどうしよう…)

パレット
大覚、南辰、裁判官ら総勢十八人がパレットに乗り込んだ

 裁判官の立会いの下、双方の弁護士、担当者、総勢十八名の目の前で、コア抜き作業員はゆっくりとコアを抜き始めた。
誰もが固唾(かたず)を呑んで見守り、双方の担当者はビデオを回していた。地下ピット内にコアを抜くドリルの音だけが響き渡った。
長い時間だった。覚くんは神に祈るような気持ちでコア抜き作業員の手元をじっと見つめ続けていた…。

(後編に続く)

この続き(第一章・後編)は次をクリックしてください

■連載第2回:『第一章 ついに裁判官が現場に来てくれた・後編 ~裁判官の前で立証できた、ここまでくるのに二五五五日!~』

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